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The Imperial Japanese Empire (1982)

The Imperial Japanese Empire poster
Original title
大日本帝国
Directed by
Toshio Masuda
Genre
war film
Country
Japan
Runtime
3h
Rating
5.5 of 10 from 4 voters
Elsewhere
IMDb

How it feels

This Japanese war film from 1982 covers the lead-up to the Pacific War and the fall of Singapore. It follows soldiers from a northeastern regiment, a Christian student forced to enlist, and a barber who leaves his pregnant wife for battle. The story shows how ordinary people are drawn into war and how their views change through combat.

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What happens

『大日本帝国』(だいにっぽんていこく) は、1982年(昭和57年)8月7日に公開されたの戦争映画である。製作・配給は東映。上映時間は180分。カラー、ワイド、映倫No.110827。 第1部 シンガポールへの道 ABCD包囲網によって窮地に立たされた日本政府は、対立するアメリカとの和解を模索していたが、対米開戦を強力に主張する陸軍を中心とした勢力に屈し、近衛内閣は総辞職した。そこで強硬派の急先鋒ながら、忠心に篤い陸軍大臣東條英機をあえて首相に任命した昭和天皇は、そのうえで対米開戦を回避するよう指示した。 その当時、歩兵第42連隊では東北出身の小田島剛一少尉らが着任し、命課布達式が挙行されていた。同じころ、京都ではクリスチャンである京都大学の学生・江上孝が、肺病を患う京子の目前で特高警察に連行されて嫌がらせ同然の尋問を受けた。江上は京子と親交を深めて恋仲となるが、このあと不本意ながら処世術として軍隊に志願する。多くの庶民も戦争にかり出された。その一人である床屋の小林幸吉は入営が決まり、それを知って思わず押しかけてきた幼なじみの美代と結婚する。 天皇の負託に応えて主戦論を撤回した東條首相だったが、いずれ国内の強硬派を抑えきれなくなると読んでいたアメリカは、先制攻撃をさせるため日本に「ハル・ノート」を突きつけて挑発する。そしてついに内閣は全員一致で開戦を議決、これを御前会議で天皇は了承するの止む無しに到り、太平洋戦争は開戦し、海軍による真珠湾攻撃が敢行された。東條は天皇の意思に沿えなかったことを悔い、自宅で煩悶する。 小田島の指揮する中隊の所属となった幸吉らは、開戦劈頭のマレー作戦に従軍し、激戦の中で次第に逞しくなっていった。やがてマレー半島を席巻した日本軍はシンガポールにせまり、シンガポール攻略戦が始まったが、イギリス軍はマレー系や中華系などの地元住民に最前線の防衛を任せていた。激しく日本軍に抵抗する地元民の男女に衝撃を受け、小田島たちは自分らが考えていたアングロサクソンからの解放の戦争という単純な図式は成立せず、今後戦争が長引くことを予感する。 また、イギリス軍のブキテマ高地における最後の猛反撃の中で日本軍はだまし討ちに遭い、幸吉の所属する分隊の桐山軍曹らが戦死し、自身も負傷した。そのことにより幸吉ら兵士たちはイギリス軍に対する憎しみを募らせていった。 そのころ幸吉の新妻となった美代は妊娠しており、戦地の夫を心配していた。彼女はラジオで大本営発表が「大元帥陛下」と言うのを聞き、どうして天皇は戦場で直接指揮を執らずに宮城にいるのかと疑問に思う。その後、シンガポールから帰還して陸軍病院で療養していた幸吉に息子と面会に行くと、戦友の死や敵兵に対する憎しみにより、幸吉の思考は第一線で闘う軍人のそれと化していた。美代はそんな幸吉を強くたしなめ、彼は再び生に執着するようになる。 東南アジアでは緒戦の進撃を順調に続けていた日本軍であったが、ミッドウェー海戦やガダルカナルの戦いで米軍に致命的な敗北を喫すると、攻守が逆転し日本軍の戦況は不利となっていった。この事態を受けて藁をもつかみたい思いの東條は、当時対立していた石原莞爾を招いて助言を求める。しかし現実主義者の石原は東條が置かれた立場に同情しつつも、打開策などなく撤退・辞任すべきと厳しい意見を述べた。東條は石原に対して別れ際に「ただ私は総理だ。私への反逆はお上への反逆になるということを、忘れんでくれ給え」と言い放ち、結局孤立を深めてしまう。 米軍はついに絶対国防圏の一角サイパン島に攻めてきた。サイパン島に配置されていた小田島は、ガラパンで小料理屋を営む沖縄出身の国吉靖子と懇意になり、彼女に避難を促すが、その矢先に空襲と艦砲射撃が激しくなる。シンガポール戦での負傷後一旦は除隊した幸吉は再召集され、サイパンで偶然他部隊の小田島と再会する。「100匹の猫が1匹の鼠を食い殺す」ような戦力差と言われたサイパンの戦いの中で日本軍は組織的な抵抗力を失い、小田島ら日本軍の敗残兵は、サイパン島に居住していた日本の一般市民と共にジャングルを彷徨い歩くこととなる。司令部へ報告に赴いた小田島は、民間人を放置して指揮下に入るよう言い渡されるが拒む。陸海軍の最高指揮官たちは自決を遂げ、進退窮まった多くの残存日本兵と一般市民は深夜、「海ゆかば」を合唱しながら敵陣へ歩みを進めるが、幽鬼の群れのような彼らはアメリカ軍の十字砲火を受けて次々と倒れていった。残った一般市民もバンザイクリフで次々と自決する。 第2部 愛は波濤をこえて この後サイパン島はアメリカ軍の手に落ち、この責任を問われた東條は、首相の職を辞すことになる。美代も絶望のあまり息子を連れて入水自殺を図ろうとし、辛うじて思いとどまるも、幸吉から預かった床屋道具を海に投げ込んでしまう。 そのサイパンにはなお日本人たちが潜伏し、小田島と幸吉、靖子、将兵と民間人らはなお懸命に生き抜こうとしていた。しかし飲み水を汲みに行った際に靖子はアメリカ軍に発見され、追い詰められて手榴弾で自決してしまう。軍医は傷病者を救うため投降しようとするが、抗戦を主張する下士官に射殺される。ここに及んで大日本帝国軍人としての忠節を貫くことに疑問を感じた小田島たちは、兵士のうち他者に死を強要するばかりの者たちを洞窟から追い出し、自らの階級章をはぎ取る。小田島は単身で投降の話し合いに向かうことを決め、もし自身が戻らなかったら民間人牧師の助力でアメリカ軍と接触するよう、幸吉たちに言い残す。丸腰の小田島は砂浜で遊ぶアメリカ軍兵士のカップルを見付けるが、彼らが死者の頭蓋骨を弄んでいたのを知り逆上し、奪った銃で彼らに発砲。そして絶命寸前の女性兵士に反撃されて死んでしまう。 一方、江上は予備士官に任官し海軍航空隊へ入り、フィリピンで神風特別攻撃隊として出撃するが、悪天候で引き返してしまう。それを不満に思った古参の兵曹長パイロット大門勲に詰め寄られる。その後アメリカ軍の進撃で飛行場を追われ、地上戦の末ジャングルに逃げ込んだ江上らだったが、大門たちは物資運搬を手伝わせた現地民を秘密保持の名目で虐殺する。その中には江上の恋人柏木京子に瓜二つで、日本軍に協力するマリアがいたが、部下たちを守るためだという大門からの強硬な申し出に対して、江上は虐殺を容認してしまう。 フィリピンを失った日本はその後硫黄島や沖縄も失った。本土への空襲も激化し、東京大空襲で美代と息子は焼け出されてしまう。その後、広島と長崎へ原爆も投下された。 こうした事態を受けて、最後となる御前会議が開かれた。天皇は御前会議の場では発言しないという前例を覆して自論を述べ、これ以上の犠牲を出したくないと涙を落とす。これにより、徹底抗戦を叫ぶ者たちも戦争続行を諦めざるを得なかった。 この結果、日本は無条件降伏したが、連合国内で天皇の責任を問う声が高まっていた。このような流れの中で、下村定陸軍大臣が東條を招き、開廷が予想される国際軍事裁判で、日本側の立場を主張し天皇を守ることができるのは東條のみと、敢えて恥を忍んで法廷に立つことを説得していた。その後、GHQの憲兵たちが戦争犯罪人扱いで逮捕に押し掛ける非礼に憤慨した東條は、拳銃で自決を図る。重傷を負った東條を、なんとしても戦犯として裁判にかけたいアメリカ占領軍は、当時最高の医療を施して救命した。 こうして囚われの身となった東條は、東京裁判の法廷で、天皇は大戦前に詠った和歌から判るように開戦は望んでいなかったこと、東條ら当時の軍の開戦の決定を不承不承認めた事を説明する。そして「全ての戦争責任は自分ひとりにあり、陛下や他の者に責任を問うのは間違っている」「戦争は相手のあるものだから、連合国の指導者も法廷に立たないと真実の究明にならない」と主張するも、絞首刑の判決を受ける。その後、面会に来た妻子に、自分が仏教の有難さを感得したことを伝え、「仏様の偉大さに比べたら、この世の帝王なんて実に小さい」と全てを達観した表情で説き、念仏を誦しながら死刑台の階段を上がっていった。天皇の戦争責任については、戦後の国際情勢の中、アメリカの日本の占領統治には天皇の存在が不可欠という政治判断もあり不問とされた。 同じころ、外地で捕虜となった日本の兵士たちも戦争犯罪の責任を追及されていた。フィリピンの江上と大門はマリアら無抵抗の現地人を虐殺した罪に問われていたが、軍事法廷を「インチキ裁判」と断ずる大門は全責任を引き受けようとし、江上だけは生き残るようにと説得する。一方江上も指揮官であった自らの責任であると発言する。獄舎でようやくお互いを認め合った二人だったが、天皇が援軍を率いて救出に来ると信じて疑わない大門は、江上に脱獄を提案する。しかし脱走を試みるも失敗に終わり、看守を刺した大門は射殺される。江上の恋人の京子は健康を取り戻し、日本のYMCAを通じて助命のために支援活動を行い、フィリピンを訪れて江上と面会する。しかし軍人になる選択を下した責任、そして京子の面影を重ねたマリアを死なせた責任を全うするため、江上は助命を拒否する。そして京子に生き続けるよう告げ、のちに銃殺刑の場で「天皇陛下、海軍中尉江上孝、お先に参ります。天皇陛下万歳」と叫びながら絶命した。 一方、戦火の中を生き延びた美代と息子は、戦後の混乱の中で死物狂いで生き抜き、遂に復員した幸吉と海岸で再会を果たすのだった。 (from Wikipedia, CC BY-SA)

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